お笑い芸人インタビュー「ルサンチマン」編

インタビュー お笑い × 芸人

公開日:2014/09/19

3844views

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

#00 何度解散してもまた結成する。不滅のお笑いコンビ「ルサンチマン」にインタビュー!

お笑い界では、何度も何度もコンビ別れを繰り返し、様々な人と組んだり、ずっと同じ相方と組み続けている人がいたり・・・コンビ愛のカタチは芸人それぞれ。

そんな中、今回雨の日にファミレスにお呼びしインタビューするのは、よしおがひょうひょうとボケ続け、パジャマお兄さんが世話しなく怒鳴りツッコむ漫才スタイルが主なオフィス北野所属『ルサンチマン』。

P1020142※メニューを選ぶパジャマお兄さん(浅川渉)左と、よしお(本名:吉尾信介)右。

・・・何となくだが、どちらも本名で呼ばせて頂こう。

『ルサンチマン』は一度解散するが元相方同士で再結成した珍しいコンビだ。よく、コンビの関係性は恋愛に似ているといわれるが、果たしてそうなのか。一度別れたにも関わらず何故また組む事になったのか!LAUGH MAKERは気になる“ルサンチマンの軌跡”を伺った。

#01 初めての出会いは早稲田大学の県人サークル

――お2人は同郷で33歳の同い年ですが、上京した経緯を教えて下さい。

浅川:徳島県阿南市にある富岡東高校を出て18歳で上京しました。その後東京の予備校に通い1年間浪人し、19歳で早稲田大学へ入学しました。

吉尾:僕は、(浅川の行っていた高校の隣の)富岡西高校を出て、実家から徳島市内の予備校に通い1年間浪人し上京、早稲田大学へ入学しました。共に19歳で早稲田大学生となったんです。

P1020140※意外にも高学歴コンビと判明。「写真を撮ります」で、吉尾さんのこの顔。

――地元では出会わなかったそうですが、出会いはどこですか?

浅川:早稲田大学の県人会サークル『稲門会』(とうもんかい)で出会いました。

吉尾:それがね、全員田舎くさくてダサいし、勿論彼女もいないし・・・いわゆる掃き溜め会なんですわ!活動内容としては、そんな奴らでお盆に帰郷した際徳島の阿波踊りで早稲田連として参加したり。まぁ・・・活動といってもほとんど呑み会でしたけど。

#02今明かされるルサンチマン結成秘話。吉尾は運命の人?!

――結成のきっかけは?

浅川:『稲門会』で知り合って大学1年生の時は吉尾と仲が良くて毎日遊んでたんです。

吉尾:そんなある日、僕の中学の時の同級生を、浅川が高校の時に好きだったというのが分かって。

浅川:実は富岡東高校時代に吉尾と同じ那賀川中学出身のめちゃくちゃ好きな人がいて、どうにかして連絡を取りたいと思っていたんです。吉尾に聞いたら「今度、中学校の同窓会あるから連絡先を聞いとくよ」と言ってもらえて、もぅ運命感じちゃって!

吉尾:同窓会でその女の子に本当に連絡先を聞いて、浅川に教えたんですよ。

浅川:結局、女の子とメールのやり取りはしていたのですが、東京と徳島とで距離が離れていてダメになっちゃいまして。でもその一件で吉尾の事を「運命の人だ!」と思いめちゃくちゃ好きになりましたね。

吉尾:それから、大学2年生の時に互いに大好きなテレビ番組の企画でプロアマ問わず漫才師の募集をしていたので履歴書を書いて、応募してみたんです。

浅川:中学生の時、お笑いが好きな友人の影響により漫才の経験があったので、その時は学生の遊び感覚で僕が誘いました。

吉尾:結局、テレビ局からの連絡はなかったんですが・・・。

浅川:その後、僕がカラオケ屋のバイトにはまり、「『稲門会』のダサい人と遊ぶのイヤじゃ!」となってしまって。バイト先の人とばかりと遊ぶようになり、吉尾とは疎遠になってしまいました。

吉尾:その間、僕もバイトをしていましたが、ダサい『稲門会』の幹事もしていました。

浅川:それから、僕は何とか卒業できましたが大学に友達がいないので2004年3月25日一人ぼっちで卒業式に出ました。その時ふと「あいつ卒業したんかなぁ・・・」と吉尾の事を思い出し何年か振りに連絡し、2人で呑みに行ったんです。すると、吉尾は留年が決まっていて・・・更に「芸人になりたいと思っている」と言われて。僕は単位を取るのに必死で就職活動が出来ずフリーターになる事が決定していたというのもあり、吉尾の誘いに乗りました。

P1020138※「浅川さん、雨で髪が濡れてますよ」と指摘すると、髪型を整えた。

#03 ネタ飛ばしから大喧嘩!M-1敗退をきっかけに解散まで…

――結成後の芸人活動はどんな感じでしたか?

浅川:でも実際、卒業式の日に結成したのはお酒の勢いもあって一夜限りの約束のような感じでした。しばらく芸人として活動をしないで、ただのフリーターと留年生で過ごしていましたが、たまたま僕の携帯が壊れたんです。事前に携帯のデータをパソコンに残していたのでそれを見返した時に、昔テレビの企画に応募した時に好きだった子に送ったメール(「吉尾と漫才やる事になったよ」「すごいね!吉尾君と漫才やるんだ!テレビに出られるといいね」という様なやりとり)が見つかり、衝撃が走って吉尾に電話をして「本気でやろう!」と言いました。それが2004年5月。練習をして、同年の『M-1グランプリ』(ABC系)の1回戦に出場しますがスベり倒し惨敗しました。そこから様々な事務所へのオーディション巡りが始まります。

吉尾:ネタ見せの為に、往復6万円をかけて福岡に行った事もありました。

浅川:その時は、ネタ見せの制限時間が3分なのに5分やろうとして止められてしまい、6万円は何だったんだろうかと思いました。夜勤でバイトしてから朝一の飛行機で福岡行って、夕方ネタ見せ落ちて飛行機で東京戻って、また夜勤でバイトするというハードなスケジュールでした(笑)。その後はノルマを払ってライブに出るという活動を繰り返していましたね。

吉尾:そして僕は何とか大学を6年生で卒業しました。

――賞レースでの成績は?

浅川:2004年、2005年は『M-1グランプリ』1回戦敗退しましたが、2006年には『M-1グランプリ』準決勝進出しました。

吉尾:今の漫才スタイルとは異なり、その頃は浅川がボケで吉尾がツッコミ(ツッコミというより浅川が危ない事を言うのでそれを止める)というスタイルでした。とにかく危ないネタでしたね(笑)。

浅川:ライブシーンで凄くウケていたんです!

P1020137※髪を整えた後。あまり変わってないような・・・。

――『M-1グランプリ』準決勝進出により、コンビ仲はもっと良くなりましたか?

浅川:実は、2006年12月意気込んで迎えた『M-1グランプリ』の敗者復活戦で吉尾がネタを飛ばし、大喧嘩したんです。

吉尾:動揺してしまったんです。

浅川:許せなくて、それをきっかけにコンビ仲が悪くなってしまいました。更に、2007年『M-1グランプリ』1回戦は(昨年準決勝進出なので)シードだったのですが、2回戦で落ちてしまって。一度も勝てなかったんです。

吉尾:準決勝進出以降テレビに呼んで頂いた事もあったのですが、大きなところでスベり倒してしまい、希望の光が全く見えなくなってしまって・・・。

浅川:会えば喧嘩をする仲でした。

吉尾:浅川は、僕が敗者復活戦でネタを飛ばした事件以降「またやるんじゃないか」と疑心暗鬼になってしまったみたいで。

浅川:その当時はそうでしたね。

吉尾:僕は僕で、浅川がアルバイトの関係で髭をそり、ルックスでの笑いすら取れなくなるんじゃないかというのが嫌でしたね。お互い悪いところしか見えてなかったんです。そんな状態ですが、それでも僕は浅川と続ける事しか考えてなかったんです。なのに浅川が「別の奴と組んだらいけるんじゃないか」という事を言い始めたんですよ!

――それって浮気なのでは・・・?

浅川:その時はそう思い込んでいたんです。吉尾と組んでいる時にネットで相方募集してましたから・・・。

吉尾:僕は今でも信頼はしてませんけどね~。

浅川:漫才後、楽屋に入った瞬間に喧嘩したりもしていました。お互い様ですが、髪の毛を100本位抜かれるような喧嘩もしましたね。

吉尾:今思えば、当時あっさり解散に応じた方が良かったなと思いますね。「解散したい奴」と「解散したくない奴」とが漫才をしても上手くいきませんから。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA※待つ吉尾と、浮気性の浅川。オフィス北野ライブにて。

――仲が悪くてもコンビを続ける中、解散のきっかけは何だったんですか?

浅川:吉尾に「2008年のM―1で準決勝に行けなかったらすぐ解散しよう」と提案したところ、「分かった」と了解してくれて。結局、1回戦で敗退し即日解散しました。

吉尾:それから再結成するまで2年位ありましたね。

――再結成するまでの間、他の方とコンビを組みましたか?

浅川:1年間位ネットで知り合った他の人と組んでいました。

吉尾:僕はピン芸人として活動していました。

浅川:ネットで知り合った人とのコンビを解散してから、僕もピン芸人になるのですが、ライブ主催者さんとの連絡取りを面倒くさがり段々ライブに出なくなり、パチンコにはまってしまって・・・芸人としての活動を全くしなくなってしまったんです。

吉尾:僕は解散した時、こうなる事は分かっていましたけどね。

#04 再結成は酒の勢い!再び始動した『ルサンチマン』は絶好調!

――浅川さんにそんな時期があったのですね。そんな中、再結成のきっかけは何だったんですか?

浅川:パチンコばかりしているので・・・もぅ芸人を辞めようかと思いながら、友達芸人のトークライブに出た時に『キングオブコント』(TBS系)の話が出て、「最後に吉尾さんと組んで出ればいいじゃないですか?」とその友達芸人に言われて。吉尾にすぐ電話をしました。

吉尾:それもおかしな話でね。酒の勢いで電話したみたいなもんですよ。

浅川:吉尾にすぐ「いいよ」って言ってもらえて。

浅川:結局、2010年『キングオブコント』2回戦まで行け、1回戦ではその日一番盛り上げた賞“元気ハツラツぅ?賞”ももらえ、その年の『M-1グランプリ』は3回戦進出。その後ご縁があってオフィス北野のネタ見せに通い、2012年『オフィス北野所属』となりました。解散をしてなかったら『オフィス北野』には入れてなかったと思います。凄く良い事務所なので、そういう意味では良かったなと思いますね!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA※ルサンチマンは今日も、イケメン芸人を妬み続ける(笑)!

#05 インタビューを終えて

いかがでしたでしょうか?結成から解散、そして再結成までの軌跡を伺えたことで、コンビ事情と恋愛事情はよく似ていると改めて実感できました。別れても同じ相手と組み直せたのは、ルサンチマン2人の縁がそれだけ深いからなのでしょう。是非、応援をよろしくお願い致します!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • RSS
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • RSS

ページの上部へ